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【教養をつけたい人はこれを読め!】必読の世界的名著を厳選!

どーも、わたきゅうです。

わたきゅう最近こんな本を買ったんですよ。

その名も「世界の教養365

[affi id=4]

1年間毎日1ページ読み進めるだけで、7種類の学問における教養を身に着けることが出来る優れものです。

その手軽さから世界中でベストセラーになりました。

何となく教養をつけたい、でも何が教養なのかもわかりません、げへへー。

といった具合のわたきゅうにはまさにうってつけだったので思わず買ってしまったわけですが、ベストセラーになったということは、きっと世界中にわたきゅうのような人間がいるんでしょうね。

大した努力もせずに得た浅い知識で着飾ろうとするアホな人間が。

自虐はさておき、この本を読んでみてわたきゅうは思ったことがありました。

あれ?教養ってこんなんでいいんだっけ?と。

わたきゅうのイメージしていた教養とは、広く浅く理解することではなく、広く深く理解した状態のことでした。

世界的な古典作品をダイジェストで理解することではありません。

(取っ掛かりにするのであればいいと思います。)

ということで、この記事ではですね。

真の教養を身に着けるために、世界的な名著を調べた結果、わたきゅうが気になった本をご紹介できればと思います。

どれもそこそこの分量があるものばかりですが、共に頑張って読んでいきましょう。

千里の道も一歩からです。

これを機に教養人の第一歩を踏み出しましょう。

それじゃあ、レッツゴー!

1、「種の起源」 著者:ダーウィン

1発目は言わずと知れた生物学の名著「種の起源」。

著者はチャールズ・ダーウィンです。

ダーウィンは本著を通して、

「生物は自然選択によって常に環境に適応するよう変化し、その過程で種が分岐することで多様な種が生まれると説明しました。

自然選択を簡単に説明すると、

弱い個体は淘汰され、強い個体の性質が維持されるというものです。

要は、環境に適応できる個体の遺伝が残され続けることにより、生物は変化に適応しながら繁殖し続けることが出来るということです。

そしてその過程でもはや別の種といえる状態に分岐する瞬間が来るということですね。

ちなみにですが、分岐された種については環境に対応する能力が劣るため、滅亡の一途を辿る機会も少なくはなかったそうな。

環境に適応出来なければ淘汰されるのは世の常ですね、、、。

ダーウィンが伝えたかったのはこれだけではありません。

実は、ダーウィンが種の起源を発表する以前においては、生物の種類というのは、神様が分類し他ものだと信じられてきました。

しかしダーウィンは、種とは生物が進化する過程で分岐して生まれるものであり、昔から存在し続けて来たものではないと主張しました。

命は全て神から授かったものであるという常識に一石を投じたのです。

当然、この主張には大きな反発が待っていました。

人間は神から生まれたという常識に対して、サルが進化を遂げた種が人間なんだよ、という主張をする訳ですからね。

この反発は猛烈なもので、ダーウィンが「この理論が受け入れられるのは、種の進化と同じだけの時間がかかりそうだ」といったのは有名な話です。

今となっては主流な進化論ですが、発表当時は支持されずにいたダーウィンが一体どのような表現をすれば進化論が世間一般に受け入れられるのか模索していたので、そういった背景も意識しながら読んでみると面白いかもしれないですね。

2、「君主論」  著者:マキャベリ

人心掌握のお手本としてビジネスマンに人気のある君主論。

著者のマキャベリはフィレンツェ共和国の外交官であり、彼は目的を達成するためで手段を選ばない性分でした。

そんな彼に由来する言葉として、マキャヴェリズムという言葉があります。

この言葉は目的のためには手段を選ばない行為を指します。

そんな彼が著した君主論。その内容は題名通り、君主の在り方を記したものになります。

以下は、彼が君主としてこうあるべきと考える理想像の一部です。

・倹約家だと揶揄されようと気に留めるな

・恐れられる存在になれ

・白黒はっきりとした方針を立てろ

・信義ある人間だと思わせろ

・・・・etc

一見するとなぜその考えに至ったのか分かりづらいと思います。

なぜマキャヴェリが上記のような考えに至ったのか。

しっかりと君主論を読み込み、その背景を是非明らかにしてみてください。

3、「幸福論」 著者:ラッセル

3つ目にご紹介するのは、ラッセルの「幸福論」。

アランやヒルティの幸福論と並んで、世界三大幸福論とされているのだそう。

なんやそのニッチな「世界三大」は、という突っ込みはおいといて、世界的に評価される著書が同じタイトルから3作も生まれていることを考えると、「何が幸福か」というには人間の永遠のテーマなのだなと思いますね。

本著でラッセルは、人が幸福になるためにはどうすべきか、彼なりの持論を展開します。

その中で、特にわたきゅうが気に入ったのは不幸の正体について語る場面です。

どうやら不幸になる人間には以下の3種類のタイプがいるそう。

①罪びと:罪悪感に囚われすぎている人間

②ナルシスト:自分を愛するが故の振る舞いから他人に愛されない人間

③誇大妄想狂:野望が大きすぎるため、満たされることのない人間

どうでしょう。皆さんはどれかに当てはまりますか?

わたきゅうは昔、誇大妄想狂に片足を突っ込んでいました(笑)

自分よりもすごい人間を見るたびに、「いや、もっと出来るはずだ」と何故か思い込んでさらに高い目標を置いてしまうんですよね。

で、結果的に想定よりも出来ずに悔しさで沈み込むという不毛さ。

最近は自分の力量を把握しているので、不可能な夢なんて抱かず悔しい思いもしませんが、夢を描こうと思わなくなってしまった自分に少し寂しさを感じたりもします。

あれ?そう考えると誇大妄想狂でも悪くないのでは?とこの記事を書きながらわたきゅうは考えています。

人間て難しいですね。

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